2008年8月7日木曜日

桑原専慶流いけばな

いとこの剛君に誘われ、桑原専慶流いけばなの家元(十五世)、桑原仙渓師の講演を伺う機会を持った。

ご本人は、「あまり話が上手くないのでいけばなで表現をさせていただきたい」といったことをおっしゃっられ、ご自身が桑原専慶流の家元となったいきさつなどをお話下さりつつ、同時に花を生けていかれるという離れ技(?)をご披露された。

私には詳しいことはよく分からなかったが、自由な型のいけばなとある程度型が決まっているいけばなの2種を今回はご披露された。


ご自宅は、なんとわだまんサイエンスから目と鼻の先にあり、毎週木曜日の夜が「お稽古の日」とのことであった。思わず習いたくなってしまうほど優雅な家元のいけばなに、参加者一同、心癒された一時であった(笑)













桑原専慶流いけばなのホームページ
http://www.kuwaharasenkei.com/index.html

2008年8月6日水曜日

ナス

家の近くにある畑にたわわのナスが実った。

収穫されたナスはどこに運ばれるのだろうか。

近くに畑があると、なんだかワクワクしてしまう(笑)


2008年8月5日火曜日

たこ焼きパーティー

久しぶりにたこ焼きをたくさん食べたくなったので、今日は我が家でたこ焼きパーティー(笑)

安価で買った電気たこ焼き器を駆使し、たくさんのたこ焼きを焼いた。

我が子には特製生地で作った「野菜焼き」。大人にとっては薄味かもしれないが、我が子はおいしそうにほおばっていた(笑)

2008年8月4日月曜日

ザ・かつらまつり

近所の桂小学校で夏祭りが行われていたので、家族で散歩がてらに寄ってみることに。
その名も「ザ・かつらまつり」。

なんとそこにはたくさんの子どもたちや人々が詰めかけているではないか!(笑)

大変驚いてしまった。

いったいどこからこんなにたくさんの人々が集まったのだろう・・・。
謎は深まるばかりである(笑)

2008年8月3日日曜日

フリーマーケット

京都市役所で、時々フリーマーケットが開催されているようである。

大変興味深かったので家族で出かけてみることに。

炎天下の中、何十もの出店があり、本当に頭の下がる想いであった。

妻が我が子に合う服を探す中、私はとりあえずグルッと2~3周マーケットを巡り、我が子はベビーカーに揺られながらスヤスヤ。

こういう催し物が役所で行われているのは趣深い物である。
今日の収穫は、それぞれの服、鞄などの数点。
良い買い物ができたように思う(笑)

2008年8月2日土曜日

ハウステンボス

帰宅すると妻が、「ハウステンボスって知ってる?」

と聞いてきた。

「何度か行ったことがあるけど・・・。なぜ??」

と問い返すと、

「今日のテレビでやってたんだけど、ハウステンボスに住んでる人は、カヌーに乗ったり、自由にハウステンボスに入場できるらしいよ。」

「へぇぇぇ。でも、ハウステンボスがあるのは、長崎の、しかも(住んでいる方には申し訳ないが)はずれの方になるよ。交通の便もあまりいいとはいえないし、長崎人としては、あまり住もうとは思わないんじゃないかなぁ。」

たわいもない会話ではあったが、しかし、久しぶりに「ハウステンボス」という名称を聞いてうれしくなった。また長崎を訪れたいと思う今日この頃であった(笑)

2008年8月1日金曜日

髪の毛2

いったい、人類はいつから髪が長くなったのであろうか。
もちろんそれは、有史以前のことと考えられる。

まず言語学的に考えて、「髪」という言葉がはっきりと存在している時代がいつ頃かと考えてみると、たとえば紀元前5世紀頃に成立していた旧約聖書の中の「サムソン」の如き神話的な話などが思い浮かぶ。この話は『サムソンとデボラ』という映画にもなっているからご存じの方もいるかもしれない。

生まれてからずっと髪の毛を切らずにいるサムソンにはすごい力が宿っていたが、髪を切ったとたんにその力がなくなってしまったなどという記述があるのだが、このことから、この物語が語られるようになった時代、つまり、数千年前にはすでに「髪」という言葉が存在していたことが分かる。

ということは、既に数千年前には髪と他の体毛とがはっきりと区別されていたということでもある。つまり、髪の毛というものが、「概念化」されているのだ。

また、エジプトで発掘されているツタンカーメンなどのファラオ(王)たちのマスクや壁画などには、はっきりと髪の長い人々が描かれている。

そういった意味では、やはり人間というものは、他の生命体に比べ脳が発達したことにより、頭部を保護するために頭部の体毛のみが異常に発達し、髪が伸びるようになり、それが「髪」という概念となったと言える。

そして、髪が長いという人間の特徴こそ、人間が知性をもつようになったことの外面的な現れでもあると考えられる。


夏になるとなんとなく邪魔臭く感じる髪の毛ではあるが、人間の「人間らしさ」を現す重要な証拠でもあるといことを改めて認識したように思う(笑)