2009年1月9日金曜日

クレープに関する哲学的考察2

第二に、われわれが何かを「食したい」と欲する時には、その存在者が生きてきた中で食されたもしくは食すことができなかった何らかの「前例」を元に、具体的な食品が志向されるものと考えられる。

たとえば、子どもの頃にお好み焼きという食品に対する愛着を持った経験のある者であれば、「お好み焼き」という具体的な食品に対する志向性を有するのであり、子どもの頃に「バナナ」という食品を食することができず、一度は食べてみたいという志向性を有する者であれば、「バナナ」という具体的食品を食したいと志向するものであろう。

つまり、われわれがもっている食物に対する志向性というものは、具体的な食品に対する志向性であるとともに、個々の存在者の実経験に基づいて構築された千差万別の志向性であるということが結論付けられる。

要するに、クレープを食したいと感じるのは、個々人の自由の問題なのである(笑)

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